かつてカセット時代のウォークマンには魅力的なアクセサリーが豊富に準備されていた。
基本機能しかなかったウォークマンのできないことを補完するアクセサリーも多かった。
つまり機能拡張のためのアクセサリーということ。
(現代のウォークマンアクセサリーはケース程度)
今回のグラフィックイコライザー(以降はグライコ)は簡単に言えばいくつかに分割された周波数帯のレベルを上げ下げすることで音質を自在に変えるもの。
高音がうるさければ抑え、低音が足りなければ増強するなど、好みの音質にして音の不足感を補うために使う。
アンプやラジカセにあるトーンコントロール(バス、トレブル)をより細分化したようなものと思えばいい。
YAMAHA ネットワークレシーバー R-N803のトーンコントロール部
現代ではグライコを積極的に活用するのは少数派と思われるが、当時はミニコンポやラジカセ、カーステ等、グライコは普通によく使われ、また見た目もグラフィカルで美しいのでとてもメジャーな存在だった。
SONY ウォークマン NW-ZX300のグライコ
もっとも現在でいうグライコはソフトウェアによる電子グライコが一般的だろう。
まずはウォークマングライコの歴史をざっくり振り返っておこう。
1984年にウォークマン用外付けグライコ発売。
(本記事のもの)
1986年にグライコ内蔵ウォークマン WM-60を発売。
ウォークマンとして初のグライコ搭載モデルとなった。
カタログより
上面パネルに大胆に配置されたグライコが特徴だ。
グライコ搭載モデルのウォークマンは他に数機種が発売されたがやがて搭載モデルはなくなる。
グライコは本来物理スライダーで各バンドを調整するものであり、本体に搭載するとなると当然のことながら多くのスペースを割くことになる。
ましてやウォークマンに搭載するとなるとデザイン的に制約が出てくることは必然だった。
そういう理由もあってかウォークマンにグライコ搭載モデルはなくなったが、代わりに搭載されたのがDBB(ダイナミック・バス・ブースト)だ。
SONY WM-DD9のDBBスイッチ
これはグライコではないが、音を補正するという意味では同じ流れになるだろう。
ただし、これは低音のみの不足を補うもので、グライコのような自由度はない。
それなのに多くのウォークマンに搭載されたのには理由がある。
DBBは当時主流だったインイヤータイプイヤホンの低音不足を補うことが一番の目的だったと思っている。
SONY インイヤーイヤホン
ヘッドバンドのヘッドホンだと聴こえる低音も、この小型のインイヤーイヤホンだと出ていないように聴こえるためだ。
確かにこのイヤホンを使っていて一番の不満は低音がスカスカなことだった。
現代ではカナル型イヤホン(耳栓型)が主流となり、低音不足を感じることはそうないが、インイヤータイプのイヤホンはその装着方法の問題ゆえ低音の損失が大きかったのだ。
SHURE カナル型イヤホン SE535LTD
しかし、実はこの低音不足問題は意外に早期に解決の糸口が見つかっていたのだ。
1983年発売のWM-20に付属したヘッドホンはバーティカル・イン・ザ・イヤー方式をとっていた。
カタログより
このヘッドホンは従来の外耳道に対しドライバーを水平に装着する方法から、外耳道に対してドライバーを垂直に装着することで低音不足が補えるという画期的なものだった。
SONY ヘッドホンサイトより
現在もこの考えは引き継がれ、形を変えて発売されている。
これはインイヤーのイヤホンを持っているなら簡単に再現できる。
普通の装着方法でなく、ドライバー面を図のように前方向に向けて装着すると実際低音が聴こえるようになるのだ。
当時オレは普通のインイヤーイヤホンをこの方法で装着していたこともあるほど効果は絶大だ。
(ただし、音漏れは当然激しく能率も悪い、そして落ちる)
そんな低音不足を補うためのDBBも現代のウォークマンにはついていない。
その理由はカナル型イヤホンの台頭により低音不足が解消されたことがひとつ。
もうひとつはグライコの復活である。
かつて物理スライダーが必要だったグライコは姿を変え、まずはウォークマンのヘッドホンリモコンに搭載されて電子制御になる。
ウォークマン用リモコン RM-MC40ELK
専用リモコンが必要だが再びグライコが使えるようになったのだ。
また、電子制御による本体内蔵グライコはハードディスクウォークマンが最初だったと思う。
そして現代ではウォークマン自体にソフトとして内蔵されているので使用する際の制約は実質なくなったのだ。
オレはグライコが昔から好きで、据え置き型も使ってきた。
80年代はSANSUI SE-80、現在はSANSUIのSE-99が現役でがんばっている。
(もっとも周波数監視のためのディスプレイのような使い方しかしていないが)
さて、そんなウォークマンの歴史の中での最初のグライコを見ていこう。
SONY SEQ-50
発売年:1984年
価格:9,100円
寸法:幅79mm×高さ108mm×厚さ20.5mm
重量:120g(電池含まず)
周波数特性:70~15000Hz ±3dB(EQフラット時)
S/N比:65dB(EQフラット時)
中心周波数:100Hz,300Hz,1kHz,3kHz,10kHz
可動範囲:±10dB
カラー:シルバー、ブラック
当時としては標準的な5バンドの調整ができる、ウォークマン専用5バンドグラフィックイコライザーだ。
カセットウォークマンよりはやや小さく、カセットケースサイズに近い。
仕組みが単純なだけに、故障することなく製造後40年近く経過した現代でも使えてしまうのは驚きだ。
図体のわりにスライダー部分が表面積の半分ほどしか取れていないのは下半分に電池が入っているため。
さらにスライダーの稼働範囲はー10~+10の間で1センチほどしかとられていないため、細かい設定がやりづらい。
また、スライダーの動きが渋いのは経年劣化かと思われたが、ポータブル用途では簡単にスライダーが動いてしまっては使い物にならないので、ある程度固いのだと思う。
ただし、センター(0)部分のみカチッと止まる。
裏面
グライコの設定例が張り付けられている。
見る人が見ればわかる設定だ。
下部には電池ボックス。
電池は単三形乾電池を2本使う。
上側面
入出力端子が集約されている。
まずはパワースイッチ。
電源を必要とするのでイコライザーを効かせる時はスイッチを入れる。
スイッチを入れるとインジケータが赤く点灯する。
電源オフの状態でもヘッドホン端子には信号がパススルーされるため使えるが、当然イコライザは効かない。
面白いのはヘッドホン出力が2系統あること。
本来ポータブルプレイヤーはパーソナル用途と考えがちだが、初代ウォークマンのTPS-L2はじめ、ヘッドホン端子を2つ装備するモデルはカセットウォークマン初期にはいくつかあった。
初代ウォークマン TPS-L2のヘッドホン端子
まだウォークマンが普及していない頃、外に持ち出した音楽を例えばカップルで楽しむためのものだ。
やがてウォークマンのダウンサイジングの妨げとなったのか2系統装備のモデルは無くなる。
その名残りがSEQ-50でも見ることができたのだ。
二人で聴くならステレオプラグアダプターを使えばいい。
SONY PC-232S ステレオミニプラグアダプター
使い方
ステレオミニのヘッドホン出力を備えた機器であればなんでも構わない。
プレーヤーのヘッドホン出力にグライコからのケーブルを接続して完了。
今回プレイヤーは現在愛用のSONY NW-ZX300、イヤホンはSHURE SE-535LTD(オヤイデリケーブル済)を使うことにした。
まずグライコの電源を入れるとサーッというホワイトノイズが聴こえた。
電源オフではノイズは出ないので機器固有のノイズとわかるが、おそらく新品当時の性能はすでに維持できていないのだろう。
曲が始まればそれほど気になるものではない。
試聴では本体裏にあるジャンル別推奨設定パターンをなぞってみることにした。
VOCAL
グライコの推奨設定は以下。
1kHz+5、3kHz+5
※裏面の設定値は細かく読み取れないので概算値
ボーカルと名のついたこの設定はボーカルを前面に押し出す設定だ。
通常ボーカルをメインに聴きたい場合は1kHzを基軸として上げていく。
ただし、1kHzの周波数をもつのはボーカルだけではないし、ボーカルの成分も1kHzに限るものではないので上げすぎるとバランスが崩れる。
よって1kHzの前後の周波数も巻き込んで調整するのが肝だ。
実際のところ5バンドでは足りないが、本来なら10バンドは欲しいところだ。
ソースは家入レオ「Silly」のハイレゾ音源を試聴した。
「Silly」はもともとボーカルとバックの演奏が同レベルに近い今どきの全帯域塊型の音だ。
グライコ推奨の設定ではそれはまぁボーカルが際立つ。
しかし高音が耳に刺さってうるさいのは3kHzの+5が効きすぎているためだ。
予想できていたが、女性ボーカルにはちょっときつい。
とりあえず3kHzを+2まで下げて高音の出すぎを改善したがそれだけで全体に聴きやすくなった。
次に井上陽水「Make-up Shadow」オリジナルシングルCD音源を聴いてみた。
元の推奨設定に戻したがこれは意外に聴きやすく、むしろ慣れるといい感じだ。
3kHz+5でも男性ボーカルならうるさく感じないので男女ボーカルでは微調整が必要だ。
JAZZ and ROCK
グライコの推奨設定は以下。
100Hz+8、300Hz+5、1kHz+2、3kHz+3、10kHz+2
この設定を見る限り、ベース・バスドラを強調、かつ高域も出したいという設定なので、いわゆる「ドンシャリ」といわれるものだ。
設定自体はこのジャンル向きだが、5バンドということもあり、低域のもたつきが懸念される。
本来であれば100Hz以下の低域を上げたいところだ。
ソースはTHE MODS「HNDS UP」リマスターCDから「激しい雨が」を試聴。
バランスは悪くはないがやや低音がこもった感じだ。
そのせいかシンバルのアタックも思ったより弱い。
そこで300Hzを+5から+2まで下げるとこもりは軽減され、ボリュームを上げると高域はいじらなくてもすっきり聴けるようになった。
次に吉川晃司「PASSAGE:K2 SINGLE COLLECTION」より「LA VIE EN ROSE」を試聴。
また推奨設定に戻したがこのソースでは低音がさらに効きすぎだ。
100Hzを+5、300Hzを+2とし、低域を全体に下げることでドラムにキレが出てきた。
NOISE CUT
グライコの設定は以下。
3kHzー2、10kHzー5
そもそもデジタルにはメディア由来のノイズはないので、これはまさにカセットウォークマンならではの設定だ。
つまりカセットのテープヒスノイズを軽減するための設定なのだ。
サーというノイズは確かに高域方向の周波数を下げれば目立たなくなる。
ただし、下げすぎると音がこもるので加減が難しいところ。
ソースは以前の記事(オーディオ小僧ダビングの流儀)執筆時にデジタル化しておいた松田聖子「Canary」よりバラード曲「Silvery Moonlight」を試聴。
この音源はレコードtoカセットかつノーマルテープでNRオフだったのでテープヒスノイズが酷かったやつだ。
この設定により高域で耳障りだったテープヒスはずいぶん低減される。
しかし、高域成分を含む楽器音も犠牲になるのも当然。
高音は丸くなり、こもったような音となり、繊細な響きさえも失われている。
ピアニッシモではテープヒスが目立つだろうが、10kHzをー2までに戻すと高域とノイズのバランスがよくなった。
さて、ひと通り試してみたが推奨設定から少しいじることになってしまった。
音の出口であるイヤホンが違えば当然聴こえ方も大きく異なってくる。
当時はほぼイヤホンといえばインイヤー(ダイナミック・ドライバー)一択だったのでこれら推奨値でちょうどいい音が聴けたのかもしれない。
インイヤータイプはドライバーユニットそのものを耳に入れるのでドライバーサイズが自ずと決まり、どのイヤホンも音質傾向が似てくるからだ。
(当時はBAの音楽用イヤホンは存在しなかった)
そして今回使用したのはSE-535LTDなのでBAドライバー。
中域に解像感があるモニタータイプだ。
現代のカナル型イヤホンを使用するとグライコによるわずかな調整でも顕著に変化が聴きとれるのだ。
このグライコの設定例はあくまで例にすぎない。
もちろん推奨通りでも構わないが、だいたいの場合推奨設定やプリセットで聴くとちょっと違うなと思うことがよくある。
本来のグライコの使い方は再生環境に起因する音の過不足を修正するものだろう。
しかしポータブルに限っては自分好みの音に作り替えるという意味合いが強い。
長年グライコをいじり倒して痛感しているのはグライコの設定は一発では決まらないということだ。
その日の体調や気分も大きく関係する。
昨日は気持ちよかった高音が今日はきつく感じるとか。
また、同じアルバムであっても曲単位で修正が必要とさえ思えてくる。
(ここまでくるとイコライザー病だが)
今回の試聴において推奨設定でも曲が変わると印象が変わったのは、曲が変われば設定値も変動するということなのだ。
元の音をいじるということはオーディオマニアにとっては非常にデリケートな問題でもある。
オーディオマニアの見解は2つに分かれるだろう。
・音は物理的セッティングや機器の選定で調整するべきであり、原音はいじるべきではない
・イコライザーやトーンコントロールは必要であれば積極的に活用して調整するべき
このどちらかと問われればオレは後者に入るかもしれない。
もちろん前者も尊重すべきだ。
オーディオマニアのはしくれとしては、イコライザー機器を経由すること自体が邪道であり、できれば音はいじりたくないというのが根底にはある。
だが何よりも金と時間を無駄にせず、簡単に理想の音に辿り着けるのであれば使いたくもなるのだ。
イコライザーはともかくとして、たいがいのアンプについているトーンコントロールさえも意固地になって使わないのはオレはもったいない話だ。
このウォークマン用のグライコは結果的に当時のイヤホンのショボい音を修正する目的が大きかったのだと思っている。
つまりイヤホンを変えずに音をグレードアップできると考えればこれほど手軽で安上がりなことはない。
よくイヤホンの音に満足できず、次々と買い替えるイヤホン沼に陥ったという話を聞く。
オレはいつも、その前になぜグライコをいじらないのか?と不思議に思う。
誰もが納得の万能なイヤホンなど存在しない。
まずはグライコをいじってイヤホンがそれに追従できるのかを確認してからでも遅くはない。
ちょっとグライコをいじってみれば沼から抜け出せるのかもしれないのだ。
少なくとも今聴いている音に不満があるならグライコに目を向けてみてはどうだろうか。
基本機能しかなかったウォークマンのできないことを補完するアクセサリーも多かった。
つまり機能拡張のためのアクセサリーということ。
(現代のウォークマンアクセサリーはケース程度)
今回のグラフィックイコライザー(以降はグライコ)は簡単に言えばいくつかに分割された周波数帯のレベルを上げ下げすることで音質を自在に変えるもの。
高音がうるさければ抑え、低音が足りなければ増強するなど、好みの音質にして音の不足感を補うために使う。
アンプやラジカセにあるトーンコントロール(バス、トレブル)をより細分化したようなものと思えばいい。
YAMAHA ネットワークレシーバー R-N803のトーンコントロール部
現代ではグライコを積極的に活用するのは少数派と思われるが、当時はミニコンポやラジカセ、カーステ等、グライコは普通によく使われ、また見た目もグラフィカルで美しいのでとてもメジャーな存在だった。
SONY ウォークマン NW-ZX300のグライコ
もっとも現在でいうグライコはソフトウェアによる電子グライコが一般的だろう。
まずはウォークマングライコの歴史をざっくり振り返っておこう。
1984年にウォークマン用外付けグライコ発売。
(本記事のもの)
1986年にグライコ内蔵ウォークマン WM-60を発売。
ウォークマンとして初のグライコ搭載モデルとなった。
カタログより
上面パネルに大胆に配置されたグライコが特徴だ。
グライコ搭載モデルのウォークマンは他に数機種が発売されたがやがて搭載モデルはなくなる。
グライコは本来物理スライダーで各バンドを調整するものであり、本体に搭載するとなると当然のことながら多くのスペースを割くことになる。
ましてやウォークマンに搭載するとなるとデザイン的に制約が出てくることは必然だった。
そういう理由もあってかウォークマンにグライコ搭載モデルはなくなったが、代わりに搭載されたのがDBB(ダイナミック・バス・ブースト)だ。
SONY WM-DD9のDBBスイッチ
これはグライコではないが、音を補正するという意味では同じ流れになるだろう。
ただし、これは低音のみの不足を補うもので、グライコのような自由度はない。
それなのに多くのウォークマンに搭載されたのには理由がある。
DBBは当時主流だったインイヤータイプイヤホンの低音不足を補うことが一番の目的だったと思っている。
SONY インイヤーイヤホン
ヘッドバンドのヘッドホンだと聴こえる低音も、この小型のインイヤーイヤホンだと出ていないように聴こえるためだ。
確かにこのイヤホンを使っていて一番の不満は低音がスカスカなことだった。
現代ではカナル型イヤホン(耳栓型)が主流となり、低音不足を感じることはそうないが、インイヤータイプのイヤホンはその装着方法の問題ゆえ低音の損失が大きかったのだ。
SHURE カナル型イヤホン SE535LTD
しかし、実はこの低音不足問題は意外に早期に解決の糸口が見つかっていたのだ。
1983年発売のWM-20に付属したヘッドホンはバーティカル・イン・ザ・イヤー方式をとっていた。
カタログより
このヘッドホンは従来の外耳道に対しドライバーを水平に装着する方法から、外耳道に対してドライバーを垂直に装着することで低音不足が補えるという画期的なものだった。
SONY ヘッドホンサイトより
現在もこの考えは引き継がれ、形を変えて発売されている。
これはインイヤーのイヤホンを持っているなら簡単に再現できる。
普通の装着方法でなく、ドライバー面を図のように前方向に向けて装着すると実際低音が聴こえるようになるのだ。
当時オレは普通のインイヤーイヤホンをこの方法で装着していたこともあるほど効果は絶大だ。
(ただし、音漏れは当然激しく能率も悪い、そして落ちる)
そんな低音不足を補うためのDBBも現代のウォークマンにはついていない。
その理由はカナル型イヤホンの台頭により低音不足が解消されたことがひとつ。
もうひとつはグライコの復活である。
かつて物理スライダーが必要だったグライコは姿を変え、まずはウォークマンのヘッドホンリモコンに搭載されて電子制御になる。
ウォークマン用リモコン RM-MC40ELK
専用リモコンが必要だが再びグライコが使えるようになったのだ。
また、電子制御による本体内蔵グライコはハードディスクウォークマンが最初だったと思う。
そして現代ではウォークマン自体にソフトとして内蔵されているので使用する際の制約は実質なくなったのだ。
オレはグライコが昔から好きで、据え置き型も使ってきた。
80年代はSANSUI SE-80、現在はSANSUIのSE-99が現役でがんばっている。
(もっとも周波数監視のためのディスプレイのような使い方しかしていないが)
さて、そんなウォークマンの歴史の中での最初のグライコを見ていこう。
SONY SEQ-50
発売年:1984年
価格:9,100円
寸法:幅79mm×高さ108mm×厚さ20.5mm
重量:120g(電池含まず)
周波数特性:70~15000Hz ±3dB(EQフラット時)
S/N比:65dB(EQフラット時)
中心周波数:100Hz,300Hz,1kHz,3kHz,10kHz
可動範囲:±10dB
カラー:シルバー、ブラック
当時としては標準的な5バンドの調整ができる、ウォークマン専用5バンドグラフィックイコライザーだ。
カセットウォークマンよりはやや小さく、カセットケースサイズに近い。
仕組みが単純なだけに、故障することなく製造後40年近く経過した現代でも使えてしまうのは驚きだ。
図体のわりにスライダー部分が表面積の半分ほどしか取れていないのは下半分に電池が入っているため。
さらにスライダーの稼働範囲はー10~+10の間で1センチほどしかとられていないため、細かい設定がやりづらい。
また、スライダーの動きが渋いのは経年劣化かと思われたが、ポータブル用途では簡単にスライダーが動いてしまっては使い物にならないので、ある程度固いのだと思う。
ただし、センター(0)部分のみカチッと止まる。
裏面
グライコの設定例が張り付けられている。
見る人が見ればわかる設定だ。
下部には電池ボックス。
電池は単三形乾電池を2本使う。
上側面
入出力端子が集約されている。
まずはパワースイッチ。
電源を必要とするのでイコライザーを効かせる時はスイッチを入れる。
スイッチを入れるとインジケータが赤く点灯する。
電源オフの状態でもヘッドホン端子には信号がパススルーされるため使えるが、当然イコライザは効かない。
面白いのはヘッドホン出力が2系統あること。
本来ポータブルプレイヤーはパーソナル用途と考えがちだが、初代ウォークマンのTPS-L2はじめ、ヘッドホン端子を2つ装備するモデルはカセットウォークマン初期にはいくつかあった。
初代ウォークマン TPS-L2のヘッドホン端子
まだウォークマンが普及していない頃、外に持ち出した音楽を例えばカップルで楽しむためのものだ。
やがてウォークマンのダウンサイジングの妨げとなったのか2系統装備のモデルは無くなる。
その名残りがSEQ-50でも見ることができたのだ。
二人で聴くならステレオプラグアダプターを使えばいい。
SONY PC-232S ステレオミニプラグアダプター
使い方
ステレオミニのヘッドホン出力を備えた機器であればなんでも構わない。
プレーヤーのヘッドホン出力にグライコからのケーブルを接続して完了。
今回プレイヤーは現在愛用のSONY NW-ZX300、イヤホンはSHURE SE-535LTD(オヤイデリケーブル済)を使うことにした。
まずグライコの電源を入れるとサーッというホワイトノイズが聴こえた。
電源オフではノイズは出ないので機器固有のノイズとわかるが、おそらく新品当時の性能はすでに維持できていないのだろう。
曲が始まればそれほど気になるものではない。
試聴では本体裏にあるジャンル別推奨設定パターンをなぞってみることにした。
VOCAL
グライコの推奨設定は以下。
1kHz+5、3kHz+5
※裏面の設定値は細かく読み取れないので概算値
ボーカルと名のついたこの設定はボーカルを前面に押し出す設定だ。
通常ボーカルをメインに聴きたい場合は1kHzを基軸として上げていく。
ただし、1kHzの周波数をもつのはボーカルだけではないし、ボーカルの成分も1kHzに限るものではないので上げすぎるとバランスが崩れる。
よって1kHzの前後の周波数も巻き込んで調整するのが肝だ。
実際のところ5バンドでは足りないが、本来なら10バンドは欲しいところだ。
ソースは家入レオ「Silly」のハイレゾ音源を試聴した。
「Silly」はもともとボーカルとバックの演奏が同レベルに近い今どきの全帯域塊型の音だ。
グライコ推奨の設定ではそれはまぁボーカルが際立つ。
しかし高音が耳に刺さってうるさいのは3kHzの+5が効きすぎているためだ。
予想できていたが、女性ボーカルにはちょっときつい。
とりあえず3kHzを+2まで下げて高音の出すぎを改善したがそれだけで全体に聴きやすくなった。
次に井上陽水「Make-up Shadow」オリジナルシングルCD音源を聴いてみた。
元の推奨設定に戻したがこれは意外に聴きやすく、むしろ慣れるといい感じだ。
3kHz+5でも男性ボーカルならうるさく感じないので男女ボーカルでは微調整が必要だ。
JAZZ and ROCK
グライコの推奨設定は以下。
100Hz+8、300Hz+5、1kHz+2、3kHz+3、10kHz+2
この設定を見る限り、ベース・バスドラを強調、かつ高域も出したいという設定なので、いわゆる「ドンシャリ」といわれるものだ。
設定自体はこのジャンル向きだが、5バンドということもあり、低域のもたつきが懸念される。
本来であれば100Hz以下の低域を上げたいところだ。
ソースはTHE MODS「HNDS UP」リマスターCDから「激しい雨が」を試聴。
バランスは悪くはないがやや低音がこもった感じだ。
そのせいかシンバルのアタックも思ったより弱い。
そこで300Hzを+5から+2まで下げるとこもりは軽減され、ボリュームを上げると高域はいじらなくてもすっきり聴けるようになった。
次に吉川晃司「PASSAGE:K2 SINGLE COLLECTION」より「LA VIE EN ROSE」を試聴。
また推奨設定に戻したがこのソースでは低音がさらに効きすぎだ。
100Hzを+5、300Hzを+2とし、低域を全体に下げることでドラムにキレが出てきた。
NOISE CUT
グライコの設定は以下。
3kHzー2、10kHzー5
そもそもデジタルにはメディア由来のノイズはないので、これはまさにカセットウォークマンならではの設定だ。
つまりカセットのテープヒスノイズを軽減するための設定なのだ。
サーというノイズは確かに高域方向の周波数を下げれば目立たなくなる。
ただし、下げすぎると音がこもるので加減が難しいところ。
ソースは以前の記事(オーディオ小僧ダビングの流儀)執筆時にデジタル化しておいた松田聖子「Canary」よりバラード曲「Silvery Moonlight」を試聴。
この音源はレコードtoカセットかつノーマルテープでNRオフだったのでテープヒスノイズが酷かったやつだ。
この設定により高域で耳障りだったテープヒスはずいぶん低減される。
しかし、高域成分を含む楽器音も犠牲になるのも当然。
高音は丸くなり、こもったような音となり、繊細な響きさえも失われている。
ピアニッシモではテープヒスが目立つだろうが、10kHzをー2までに戻すと高域とノイズのバランスがよくなった。
さて、ひと通り試してみたが推奨設定から少しいじることになってしまった。
音の出口であるイヤホンが違えば当然聴こえ方も大きく異なってくる。
当時はほぼイヤホンといえばインイヤー(ダイナミック・ドライバー)一択だったのでこれら推奨値でちょうどいい音が聴けたのかもしれない。
インイヤータイプはドライバーユニットそのものを耳に入れるのでドライバーサイズが自ずと決まり、どのイヤホンも音質傾向が似てくるからだ。
(当時はBAの音楽用イヤホンは存在しなかった)
そして今回使用したのはSE-535LTDなのでBAドライバー。
中域に解像感があるモニタータイプだ。
現代のカナル型イヤホンを使用するとグライコによるわずかな調整でも顕著に変化が聴きとれるのだ。
このグライコの設定例はあくまで例にすぎない。
もちろん推奨通りでも構わないが、だいたいの場合推奨設定やプリセットで聴くとちょっと違うなと思うことがよくある。
本来のグライコの使い方は再生環境に起因する音の過不足を修正するものだろう。
しかしポータブルに限っては自分好みの音に作り替えるという意味合いが強い。
長年グライコをいじり倒して痛感しているのはグライコの設定は一発では決まらないということだ。
その日の体調や気分も大きく関係する。
昨日は気持ちよかった高音が今日はきつく感じるとか。
また、同じアルバムであっても曲単位で修正が必要とさえ思えてくる。
(ここまでくるとイコライザー病だが)
今回の試聴において推奨設定でも曲が変わると印象が変わったのは、曲が変われば設定値も変動するということなのだ。
元の音をいじるということはオーディオマニアにとっては非常にデリケートな問題でもある。
オーディオマニアの見解は2つに分かれるだろう。
・音は物理的セッティングや機器の選定で調整するべきであり、原音はいじるべきではない
・イコライザーやトーンコントロールは必要であれば積極的に活用して調整するべき
このどちらかと問われればオレは後者に入るかもしれない。
もちろん前者も尊重すべきだ。
オーディオマニアのはしくれとしては、イコライザー機器を経由すること自体が邪道であり、できれば音はいじりたくないというのが根底にはある。
だが何よりも金と時間を無駄にせず、簡単に理想の音に辿り着けるのであれば使いたくもなるのだ。
イコライザーはともかくとして、たいがいのアンプについているトーンコントロールさえも意固地になって使わないのはオレはもったいない話だ。
このウォークマン用のグライコは結果的に当時のイヤホンのショボい音を修正する目的が大きかったのだと思っている。
つまりイヤホンを変えずに音をグレードアップできると考えればこれほど手軽で安上がりなことはない。
よくイヤホンの音に満足できず、次々と買い替えるイヤホン沼に陥ったという話を聞く。
オレはいつも、その前になぜグライコをいじらないのか?と不思議に思う。
誰もが納得の万能なイヤホンなど存在しない。
まずはグライコをいじってイヤホンがそれに追従できるのかを確認してからでも遅くはない。
ちょっとグライコをいじってみれば沼から抜け出せるのかもしれないのだ。
少なくとも今聴いている音に不満があるならグライコに目を向けてみてはどうだろうか。