1992年、この年デジタルマイクロレコーダーの1号機「NT-1」が発売された。

ウォークマンやディスクマン同様、愛称は「スクープマン」と呼ばれた。
その名が示す通り、主な用途は報道などの取材音声の録音をターゲットとしており、スペックは同じデジタルテープであるDATよりも大きく落とされた。
しかし驚くべきは記録用メディアであるNTカセット。

まるで昔のスパイ映画にでも出てきそうなテープだ。
脅威の技術力 SONY NTC(デジタルマイクロカセットテープ)
切手大のサイズにマイクロカセットよりも高音質デジタル録音ができることで大きな話題となり、これはギネスブックにも登録されたのだ。
NT-1は従来のマイクロカセットレコーダーの代替と言える。
かつて、マイクロカセットは例えば家の据え置き電話の留守録用のテープとして使用される等、その録音品質に見合った役割を与えられていた。
(当時うちの電話機はカセットテープが録音用テープとして使えるタイプでTDKのIFをいつもセットしていた)
ハード面においてもやはりチョイ録用途がメインのため一部を除いてポータブル機がほとんどだった。
とにかくマイクロカセットは最初から音質に期待しない用途だったということだ。
そういうわけでこれは使うことはないだろうことはわかっていたが、とにかくこの小さいNTカセットがどんな音なのかが気になって仕方なく、結局は手に入れたのである。
SONY NT-1

発売日:1992年2月
サイズ:縦5.5cm×横11.3cm×厚さ2.3cm
重量:147g(単三乾電池1本含む)
パネル上面にはボリューム、カウンターリセット/モード切替、時間のセットボタンが配置される。
液晶パネルは小さく、最低限の情報しか表示されない。
テープ窓も一応あるが、テープが動いているのかはDAT以上に認識できない。
何しろ1秒で進むのはわずか6mm程だから無理もない。
動作状態はカウンターが頼りだ。
なお、ウォークマンコレクターの間では周知の事実であるが、この年代(1990年代初頭)あたりのウォークマンには本体の表面処理をマット仕上げにする処理が施されているものがいくつかあった。
これは新品時は固いゴムを触っているようでとてもグリップ感があり感触がいいのだが、経年劣化により表面の処理が溶けてベトベトになる。
例えば初代DATウォークマン「TCD-D3」(1990年)も同様の処理がされている。
オレのNT-1も例にもれず、表面がベタベタになってしまい使い物にならなかった。
これを解消するには表面を無水エタノールなどで拭き上げなければならない。
かなりの時間を要する大変な作業だ。
そういうわけで中古品で見た目がとても汚く見えるのはそういう理由がからだ。
いくらメディアが小さいからと本体まで小さくしてしまっては操作に支障をきたす。
手で持つと丁度いいサイズのNT-1。

持ち運び用のソフトキャリングケースはフカフカしてとても使いやすい。

本体裏面

裏面にはボタン電池の収納部があり、ここに電池を入れておかないと時計が動作しない。
時計が動作しなければテープに録音日時も記録されない。

ヘッドはDAT同様のロータリーヘッド採用、つまりR-DAT方式だ。

S-DAT方式(固定ヘッド)としてもよさそうだがそれでは本機のスペック要件は満たせないということだろう。
後に発売されたDATウォークマン WMD-DT1にも役立つ技術だろう。
カセットのセット時は指でグっと押し込むとテープのシャッターが上にせり上がってテープが露出する仕組み。
これはDATと同じだが、違う部分はA面B面があるのでB面を使用する時はテープを取り出しひっくり返すのでシャッターはどちら側にも動くようになっている。

そしてこの頃のソニー製品はとにかく元箱がいい。
元箱(表)

当時の元箱はカラーをふんだんに使い高級感がある。
NT-1はスクープマンの愛称で知られるが、この箱には「Scoopman」がシールで貼られている。
印刷でないのはスクープマンの愛称は発売直前に名づけられ、この発売に間に合わなかったのでシールを貼ったのではと推測している。
そういう意味でもこれは初期ロットなのかなと思っている。
元箱(裏)

裏は簡易的な本体操作説明と付属品の解説。
基本的な情報を簡潔に表現しており、購買意欲をそそられる。
箱から取り出す。

発泡スチロールの容器にまず取説等の冊子類が収められている。
この形式は当時のプロフェッショナルウォークマンでもよく見られた。
あるべきところに収められたかたどりがとても気持ちいい。

前面操作部

通常のテープデッキと全く同じボタン類。
もちろん操作は従来のものと変わらない。
ちなみにテープエンドでのオートストップ機構はない。
ストップとイジェクトが兼用なのはあまり好きではないが。
右側面

ヘッドホン出力端子、マイク入力端子、録音ボタン。
録音ボタンはこれだけでは録音しない。
前面のPLAYボタンも同時に押すことで録音開始となる。
ボタンが離れているので片手で操作するのはちょっと厳しい。
左側面

電池挿入口のみ。
電池は単三型1本で再生約6時間/録音約7時間。
決してロングライフとは言えないので予備電池は必須だ。
付属品はマイク等多数あるが、今回は外部機器からの録音に必要なアダプターのみ載せておこう。

いびつな形であるが、これは左側面の電池ボックスに差し込むための形状だ。
このアダプターも本体同様の表面処理がされているため、ベトベトして見た目が汚い。
(こっちはあと何度か拭きあげなければならない)
それでは録音の準備を。
本体の電池蓋をあける。

アダプターを差し込む。

ドッキング完了。

ずいぶんと横長になる。
本体の電池蓋はどうなったかというと、

開けた状態でも収まるようにスペースが用意されている。
この場合、電池ボックスを使用してしまうため、ACアダプターで電源を供給することになる。
ということで録音してみる。
発売から30年近く経つというのに未だに故障知らずで完動品であるこの個体は当たりということだろう。
今回10年以上ぶりに押し入れから引っ張り出して動かしたにもかかわらず普通に使えた。
機構自体は故障しにくいと思われるがカセットウォークマン以上の耐久性かもしれない。
録音はDAP(SONY WM-ZX300)に入れたFLACをソースとした。
ウォークマンのヘッドホン出力をNT-1のラインINへ接続。

NT-1はライン入力しか備えないため、ステレオミニプラグによるアナログ接続となってしまうのは仕方ない。
まずは録音待機状態にしたいので前面のRECポーズスイッチをスライドさせる。
このあと録音ボタンを押すことで録音待機状態になる。

RECポーズの状態。

ポーズを解除して録音中。

録音レベルはマニュアル設定もできるが、レベルメーターがしょぼいので今回はオートとした。
録音できたらNT-1を再生して音を取り込んでいく。

ラインOUTがないのでヘッドホンから出力するしかない。
さて、NT-1からどんな音が出るのか。
音楽用途でないとはいえ、マイクロテープのデジタル版ということであれば当然音質は向上していると思われるので気になるところ。
試聴はジャンルを変えて、それぞれがどう聴かせてくれるのかやってみた。
・ロック
LiSA シングル「紅蓮華」
サンプル
細かいディティールが抜け落ちているのは明らか。
迫力もないし高域はかなり丸くなった。
しかし、この曲のような終始高レベルの楽曲であればそれもあまり気にならない。
何しろ静かなのはイントロ部分だけでレベルメーターピークを指したままほとんど動かないほどの曲だ。
音が多すぎる上に楽器の定位もよくわからないモノラルのような録音。
いい曲もこのような録音(アレンジ・ミキシング)ではオーディオ的にはおそろしく退屈だ。
こういう録音ばかりだから現代の音楽はダメなのだ。
とはいえNT-1の録音品質ではクラシックやジャズは厳しいだろうが、ロックならギリ使えるかなというのが正直な感想。
MAN WITH THE MISSION シングル「Dark Crow」
サンプル
ロックを続けて録音したが、やはりあまり気にならないというかずっとNTの音を聴いているとそのうち麻痺してしまい、普通に聴けてしまう。
かつてMDにMDLPモードで録音して(64kbps)高圧縮音源をひたすら聴いていた時のように、それだけを聴いていればそれが普通になってしまい不満がなくなるという感じか。
「Dark Crow」もやはりオーディオ的には「紅蓮華」と同じ傾向のもったいない録音だがまだマシ。
ロックのダイナミックさでごまかしが効くのではと思ったが、激しいものほど厳しいようだ。
・ポップス
中山美穂 シングル「WAKUWAKUさせて」
サンプル
ややロック調であり、ドラムの迫力あるキレッキレっな音が気持ちいい曲。
もともとの録音もいい。
実はこの曲くらいのバランスが一番NT-1に合っているようにも思えた。
斉藤由貴 シングル「悲しみよこんにちは」
サンプル
斉藤由貴の歌はやはりその澄んだボーカルにつきる。
残念ながらNT-1の音はこじんまりとレンジの狭さが斉藤由貴の声を台無しにしている。
(いうほど悪くないが)
しかしロックよりは相性はいいように思う。
井上陽水 シングル「make-up shadow」
サンプル
この曲は割とNT-1と相性がいいほうだ。
もちろんソースと比べれば迫力は落ちるが、リマスターされていないオリジナルシングルCDの音はもともと音圧が低く音も丸いのだ。
(現代の音と比べればの話)
どんしゃり好きにはやや厳しいのがNT-1の音ともいえるか。
中森明菜 シングル「赤い鳥逃げた」
サンプル
録音の良さから昔からアナログ/デジタル音源いずれもオーディオチェックによく使う曲だ。
生楽器のみずみずしさやセパレーションもよくレンジも広いメリハリがあるソースだ。
この曲の音の良さはしっかり耳に焼き付いているため、最初の3秒でダメなのはわかった。
NT-1では確かにこの曲のよい部分は失われるのだが、さすがに元がいいと許せるレベルくらいには録音できるものだ。
甘めにみてソースの音の良さを知らなければ悪くない音だ。
・フュージョン
松岡直也 午後の水平線より「Sunspot Dance」
サンプル
こういう曲はまずごまかしが効かない。
と思ったが、意外にぼんやり聴いている分にはNT-1の音も悪くない。
やはりデジタルの安定感の恩恵というところか。
意外にセパレーションはいいが響きがカットされるのはMDと同様のようだ。
例えばイコライザーで不足部分を補正するなどでいけるのかなとも思えた。
・バラード
松田聖子 Canaryより「Silvery Moonlight」
サンプル
ずーっと気になっていたがアナログテープにつきもののテープヒスのようなノイズが終始目立つ。
しかもそのノイズレベルが全く変わらないのだ。
つまり、通常アナログカセットはテープヒスは曲が始まってしまえば曲にマスキングされてあまり気にならなくなるのだがNT-1では常に付き纏うという感じを受ける。
デジタルであれば本来テープヒスはないと思われるが、この曲のようなバラード曲では気になるレベルに目立ってしまった。
もちろんこれをテープヒスと断定したわけではないが、未使用領域の無音部分を再生してもそこそこノイズがあり、録音済みの無音部分(曲間)との音を聴き比べても録音済みの部分のノイズ成分のほうが若干大きい程度。
このことから考えられるノイズの原因はまずアナログ接続による録音であること、また機器本来が持つ固有のノイズではないかと推測している。
いずれにしても音楽用途にはやや厳しいノイズレベルといえる。
何しろこれだけ小さいカセットとヘッド周りだ。
どこでノイズが発生してもおかしくない。
音楽用途でないのでノイズ処理まで手が回らない(手を回す必要がない)のは承知している。
デジタルなのにカセットテープを聴いているように聴こえたのには笑ってしまうが、まぁこれもNT-1の味ということだ。
これがこの小さなカセットに記録された音たちだ。

まとめると音質は全体にこじんまりとしてレンジが狭い。
いくらデジタルとはいえ、さすがに音は悪い。
例えるならmp3などの圧縮音源を聴いているようでもあり、細かな響きが失われたことにより音場が狭く聴こえるのだろう。
高域の煌びやかさや重低音の迫力はずいぶんなくなる。
チャンネルセパレーションは悪くないが原音と比べるとややぼんやり感は否めない。
ノイズの感じがノーマルテープでノイズリダクションを入れずにダビングしたアナログカセットの音のようでもあるが、それでもカセットの方がまだいい音だろう。
ディティールの再現はアナログカセットに分があるが、さすがデジタルだけあってワウフラはこちらの方が断然上で安定感があるのがアナログとの差だ。
(とはいえアナログカセットのほうが断然いいのだが)
所有するNT-1は2021年ですでに発売から30年近く経っており、本来の性能を発揮できているとも思えないが、少なくとも音楽は絶対無理と目頭を立てるほど悪くはない。
サンプリングレートだけを見ればこの品質の音に大きな驚きは全くない。
当然そういう音になるだろうね、と一蹴してしまえばそれで終わり。
しかし、それも現代だから言えること。
当時はメモリやハードディスクに記録するという概念などない。
この音が記録されたのはこの小さな切手サイズのカセットなのだ。
これは当時のソニーの技術力と執念の結晶だ。
デジタルであっても最初はこのような試行錯誤があり現代に繋がっているのだと思えば、やはりNTの音もレコードと同様の感情が芽生えてくる。
オーディオの楽しみというのは高音質を追及するばかりではない。
たまにはこんな古い機器の音を聴き、ローファイな音をあえて楽しむこともオレには極上の時間なのだ。

ウォークマンやディスクマン同様、愛称は「スクープマン」と呼ばれた。
その名が示す通り、主な用途は報道などの取材音声の録音をターゲットとしており、スペックは同じデジタルテープであるDATよりも大きく落とされた。
しかし驚くべきは記録用メディアであるNTカセット。

まるで昔のスパイ映画にでも出てきそうなテープだ。
脅威の技術力 SONY NTC(デジタルマイクロカセットテープ)
切手大のサイズにマイクロカセットよりも高音質デジタル録音ができることで大きな話題となり、これはギネスブックにも登録されたのだ。
NT-1は従来のマイクロカセットレコーダーの代替と言える。
かつて、マイクロカセットは例えば家の据え置き電話の留守録用のテープとして使用される等、その録音品質に見合った役割を与えられていた。
(当時うちの電話機はカセットテープが録音用テープとして使えるタイプでTDKのIFをいつもセットしていた)
ハード面においてもやはりチョイ録用途がメインのため一部を除いてポータブル機がほとんどだった。
とにかくマイクロカセットは最初から音質に期待しない用途だったということだ。
そういうわけでこれは使うことはないだろうことはわかっていたが、とにかくこの小さいNTカセットがどんな音なのかが気になって仕方なく、結局は手に入れたのである。
SONY NT-1

発売日:1992年2月
サイズ:縦5.5cm×横11.3cm×厚さ2.3cm
重量:147g(単三乾電池1本含む)
パネル上面にはボリューム、カウンターリセット/モード切替、時間のセットボタンが配置される。
液晶パネルは小さく、最低限の情報しか表示されない。
テープ窓も一応あるが、テープが動いているのかはDAT以上に認識できない。
何しろ1秒で進むのはわずか6mm程だから無理もない。
動作状態はカウンターが頼りだ。
なお、ウォークマンコレクターの間では周知の事実であるが、この年代(1990年代初頭)あたりのウォークマンには本体の表面処理をマット仕上げにする処理が施されているものがいくつかあった。
これは新品時は固いゴムを触っているようでとてもグリップ感があり感触がいいのだが、経年劣化により表面の処理が溶けてベトベトになる。
例えば初代DATウォークマン「TCD-D3」(1990年)も同様の処理がされている。
オレのNT-1も例にもれず、表面がベタベタになってしまい使い物にならなかった。
これを解消するには表面を無水エタノールなどで拭き上げなければならない。
かなりの時間を要する大変な作業だ。
そういうわけで中古品で見た目がとても汚く見えるのはそういう理由がからだ。
いくらメディアが小さいからと本体まで小さくしてしまっては操作に支障をきたす。
手で持つと丁度いいサイズのNT-1。

持ち運び用のソフトキャリングケースはフカフカしてとても使いやすい。

本体裏面

裏面にはボタン電池の収納部があり、ここに電池を入れておかないと時計が動作しない。
時計が動作しなければテープに録音日時も記録されない。

ヘッドはDAT同様のロータリーヘッド採用、つまりR-DAT方式だ。

S-DAT方式(固定ヘッド)としてもよさそうだがそれでは本機のスペック要件は満たせないということだろう。
後に発売されたDATウォークマン WMD-DT1にも役立つ技術だろう。
カセットのセット時は指でグっと押し込むとテープのシャッターが上にせり上がってテープが露出する仕組み。
これはDATと同じだが、違う部分はA面B面があるのでB面を使用する時はテープを取り出しひっくり返すのでシャッターはどちら側にも動くようになっている。

そしてこの頃のソニー製品はとにかく元箱がいい。
元箱(表)

当時の元箱はカラーをふんだんに使い高級感がある。
NT-1はスクープマンの愛称で知られるが、この箱には「Scoopman」がシールで貼られている。
印刷でないのはスクープマンの愛称は発売直前に名づけられ、この発売に間に合わなかったのでシールを貼ったのではと推測している。
そういう意味でもこれは初期ロットなのかなと思っている。
元箱(裏)

裏は簡易的な本体操作説明と付属品の解説。
基本的な情報を簡潔に表現しており、購買意欲をそそられる。
箱から取り出す。

発泡スチロールの容器にまず取説等の冊子類が収められている。
この形式は当時のプロフェッショナルウォークマンでもよく見られた。
あるべきところに収められたかたどりがとても気持ちいい。

前面操作部

通常のテープデッキと全く同じボタン類。
もちろん操作は従来のものと変わらない。
ちなみにテープエンドでのオートストップ機構はない。
ストップとイジェクトが兼用なのはあまり好きではないが。
右側面

ヘッドホン出力端子、マイク入力端子、録音ボタン。
録音ボタンはこれだけでは録音しない。
前面のPLAYボタンも同時に押すことで録音開始となる。
ボタンが離れているので片手で操作するのはちょっと厳しい。
左側面

電池挿入口のみ。
電池は単三型1本で再生約6時間/録音約7時間。
決してロングライフとは言えないので予備電池は必須だ。
付属品はマイク等多数あるが、今回は外部機器からの録音に必要なアダプターのみ載せておこう。

いびつな形であるが、これは左側面の電池ボックスに差し込むための形状だ。
このアダプターも本体同様の表面処理がされているため、ベトベトして見た目が汚い。
(こっちはあと何度か拭きあげなければならない)
それでは録音の準備を。
本体の電池蓋をあける。

アダプターを差し込む。

ドッキング完了。

ずいぶんと横長になる。
本体の電池蓋はどうなったかというと、

開けた状態でも収まるようにスペースが用意されている。
この場合、電池ボックスを使用してしまうため、ACアダプターで電源を供給することになる。
ということで録音してみる。
発売から30年近く経つというのに未だに故障知らずで完動品であるこの個体は当たりということだろう。
今回10年以上ぶりに押し入れから引っ張り出して動かしたにもかかわらず普通に使えた。
機構自体は故障しにくいと思われるがカセットウォークマン以上の耐久性かもしれない。
録音はDAP(SONY WM-ZX300)に入れたFLACをソースとした。
ウォークマンのヘッドホン出力をNT-1のラインINへ接続。

NT-1はライン入力しか備えないため、ステレオミニプラグによるアナログ接続となってしまうのは仕方ない。
まずは録音待機状態にしたいので前面のRECポーズスイッチをスライドさせる。
このあと録音ボタンを押すことで録音待機状態になる。

RECポーズの状態。

ポーズを解除して録音中。

録音レベルはマニュアル設定もできるが、レベルメーターがしょぼいので今回はオートとした。
録音できたらNT-1を再生して音を取り込んでいく。

ラインOUTがないのでヘッドホンから出力するしかない。
さて、NT-1からどんな音が出るのか。
音楽用途でないとはいえ、マイクロテープのデジタル版ということであれば当然音質は向上していると思われるので気になるところ。
試聴はジャンルを変えて、それぞれがどう聴かせてくれるのかやってみた。
・ロック
LiSA シングル「紅蓮華」
サンプル
細かいディティールが抜け落ちているのは明らか。
迫力もないし高域はかなり丸くなった。
しかし、この曲のような終始高レベルの楽曲であればそれもあまり気にならない。
何しろ静かなのはイントロ部分だけでレベルメーターピークを指したままほとんど動かないほどの曲だ。
音が多すぎる上に楽器の定位もよくわからないモノラルのような録音。
いい曲もこのような録音(アレンジ・ミキシング)ではオーディオ的にはおそろしく退屈だ。
こういう録音ばかりだから現代の音楽はダメなのだ。
とはいえNT-1の録音品質ではクラシックやジャズは厳しいだろうが、ロックならギリ使えるかなというのが正直な感想。
MAN WITH THE MISSION シングル「Dark Crow」
サンプル
ロックを続けて録音したが、やはりあまり気にならないというかずっとNTの音を聴いているとそのうち麻痺してしまい、普通に聴けてしまう。
かつてMDにMDLPモードで録音して(64kbps)高圧縮音源をひたすら聴いていた時のように、それだけを聴いていればそれが普通になってしまい不満がなくなるという感じか。
「Dark Crow」もやはりオーディオ的には「紅蓮華」と同じ傾向のもったいない録音だがまだマシ。
ロックのダイナミックさでごまかしが効くのではと思ったが、激しいものほど厳しいようだ。
・ポップス
中山美穂 シングル「WAKUWAKUさせて」
サンプル
ややロック調であり、ドラムの迫力あるキレッキレっな音が気持ちいい曲。
もともとの録音もいい。
実はこの曲くらいのバランスが一番NT-1に合っているようにも思えた。
斉藤由貴 シングル「悲しみよこんにちは」
サンプル
斉藤由貴の歌はやはりその澄んだボーカルにつきる。
残念ながらNT-1の音はこじんまりとレンジの狭さが斉藤由貴の声を台無しにしている。
(いうほど悪くないが)
しかしロックよりは相性はいいように思う。
井上陽水 シングル「make-up shadow」
サンプル
この曲は割とNT-1と相性がいいほうだ。
もちろんソースと比べれば迫力は落ちるが、リマスターされていないオリジナルシングルCDの音はもともと音圧が低く音も丸いのだ。
(現代の音と比べればの話)
どんしゃり好きにはやや厳しいのがNT-1の音ともいえるか。
中森明菜 シングル「赤い鳥逃げた」
サンプル
録音の良さから昔からアナログ/デジタル音源いずれもオーディオチェックによく使う曲だ。
生楽器のみずみずしさやセパレーションもよくレンジも広いメリハリがあるソースだ。
この曲の音の良さはしっかり耳に焼き付いているため、最初の3秒でダメなのはわかった。
NT-1では確かにこの曲のよい部分は失われるのだが、さすがに元がいいと許せるレベルくらいには録音できるものだ。
甘めにみてソースの音の良さを知らなければ悪くない音だ。
・フュージョン
松岡直也 午後の水平線より「Sunspot Dance」
サンプル
こういう曲はまずごまかしが効かない。
と思ったが、意外にぼんやり聴いている分にはNT-1の音も悪くない。
やはりデジタルの安定感の恩恵というところか。
意外にセパレーションはいいが響きがカットされるのはMDと同様のようだ。
例えばイコライザーで不足部分を補正するなどでいけるのかなとも思えた。
・バラード
松田聖子 Canaryより「Silvery Moonlight」
サンプル
ずーっと気になっていたがアナログテープにつきもののテープヒスのようなノイズが終始目立つ。
しかもそのノイズレベルが全く変わらないのだ。
つまり、通常アナログカセットはテープヒスは曲が始まってしまえば曲にマスキングされてあまり気にならなくなるのだがNT-1では常に付き纏うという感じを受ける。
デジタルであれば本来テープヒスはないと思われるが、この曲のようなバラード曲では気になるレベルに目立ってしまった。
もちろんこれをテープヒスと断定したわけではないが、未使用領域の無音部分を再生してもそこそこノイズがあり、録音済みの無音部分(曲間)との音を聴き比べても録音済みの部分のノイズ成分のほうが若干大きい程度。
このことから考えられるノイズの原因はまずアナログ接続による録音であること、また機器本来が持つ固有のノイズではないかと推測している。
いずれにしても音楽用途にはやや厳しいノイズレベルといえる。
何しろこれだけ小さいカセットとヘッド周りだ。
どこでノイズが発生してもおかしくない。
音楽用途でないのでノイズ処理まで手が回らない(手を回す必要がない)のは承知している。
デジタルなのにカセットテープを聴いているように聴こえたのには笑ってしまうが、まぁこれもNT-1の味ということだ。
これがこの小さなカセットに記録された音たちだ。

まとめると音質は全体にこじんまりとしてレンジが狭い。
いくらデジタルとはいえ、さすがに音は悪い。
例えるならmp3などの圧縮音源を聴いているようでもあり、細かな響きが失われたことにより音場が狭く聴こえるのだろう。
高域の煌びやかさや重低音の迫力はずいぶんなくなる。
チャンネルセパレーションは悪くないが原音と比べるとややぼんやり感は否めない。
ノイズの感じがノーマルテープでノイズリダクションを入れずにダビングしたアナログカセットの音のようでもあるが、それでもカセットの方がまだいい音だろう。
ディティールの再現はアナログカセットに分があるが、さすがデジタルだけあってワウフラはこちらの方が断然上で安定感があるのがアナログとの差だ。
(とはいえアナログカセットのほうが断然いいのだが)
所有するNT-1は2021年ですでに発売から30年近く経っており、本来の性能を発揮できているとも思えないが、少なくとも音楽は絶対無理と目頭を立てるほど悪くはない。
サンプリングレートだけを見ればこの品質の音に大きな驚きは全くない。
当然そういう音になるだろうね、と一蹴してしまえばそれで終わり。
しかし、それも現代だから言えること。
当時はメモリやハードディスクに記録するという概念などない。
この音が記録されたのはこの小さな切手サイズのカセットなのだ。
これは当時のソニーの技術力と執念の結晶だ。
デジタルであっても最初はこのような試行錯誤があり現代に繋がっているのだと思えば、やはりNTの音もレコードと同様の感情が芽生えてくる。
オーディオの楽しみというのは高音質を追及するばかりではない。
たまにはこんな古い機器の音を聴き、ローファイな音をあえて楽しむこともオレには極上の時間なのだ。